長い歴史の中で紡がれてきた日本各地の工芸。担い手不足が叫ばれる中、独自の視点で工芸の道を探究し、新たな価値観を生み出している作り手を訪ねる「Kougei Journey」。第三回目は栃木県益子町とカナダのモントリオールを拠点に唯一無二の創作活動を続けるうーたん・うしろさん。10月19日からスタートするIEGNIMでの個展を控え、窯焚きが終わったタイミングでお話を伺いました。
うーたん・うしろ
レスキュー隊員として消防署に勤務する中、陶芸に出会い作陶を始める。2021年、栃木県益子町に自作の全地下式穴窯を築窯。山で堀った土や石を使い、薪をくべて器を焼く。何かが燃える時の光や音、溶けて崩れる様子に注目し、陶芸作品の制作を中心に創作活動を展開。舞踊、現代魔術をライフワークとし「踊る身体」と「作られるもの」の交点における在り方を実践・研究している。現在はモントリオールにもアトリエを持ち、海外での活動にも力を入れている。これまでに「CIBONE Brooklyn」などでも個展を開催。
陶器市の際には多くの人で賑わう益子。中心地から少し離れるとのどかな田園風景が広がる。
“死”と向き合う日々と陶芸との出会い
── 陶芸の道に進んだきっかけから教えてください。
元々消防士をしていたのですが、レスキュー隊員として働いていました。その仕事では、目の前で人が亡くなる。“死”に直面する機会が多かったので、自分もいつか死ぬんだということを強烈にリアリティを持って感じるようになりました。自ずと、もっと他の世界を見てみたい、自分の可能性を探ってみたいと思うようになったんです。
── 陶芸に出会ったのはその頃だったんですか。
消防士の頃から町の陶芸教室に通っていたのですが、粘土を触った時の体験がすごく興味深いものだったんです。レスキュー隊員としてどんなに訓練をしても人が死ぬという現実は変えられない。そういう時代を過ごしていた自分にとって、粘土は自分の手によって自在に形を操れる。現実に対して介入できている感覚がとても新鮮でした。
元々、本が好きで美術論などを読んだりするなどアートへの関心が高かったうーたんさん。しかし、自分が作リ手の側になるとは思っていなかったそう。
破壊の先に見えた希望
── それが始まりだったんですね。
消防士を辞めた直後に、益子でイベントがありました。その時に初めて窯焚きを経験したのですが、火力が強すぎて自分の作品が完全に溶けて無くなってしまったんです。それがすごく面白くて。粘土を消滅させてしまえるくらいの火力って一体なんなんだろうって。でもそれは、何かを作ろうとした上での破壊だから、次は良いものができるかもしれない。希望が先に見えたんです。消防士の頃は、火ってただ破壊するだけのものだったのですが印象が変わりました。
── その時に破壊するものから創造するものへと“火”の印象が変わったんですね。益子を選んだのはどうしてだったのでしょうか。
2015年に初めて薪窯を焚いたんですけど、それから年何回か益子に出入りするようになりました。ご縁もだんだんできてきて、2019年に完全にこちらに移りました。薪窯は教科書があるわけでもないですし、実際にどのように焚いていくのか。詳しい部分はやはり陶芸の産地じゃないとわからないので。益子だったらいろいろな窯を焚くことができるのも大きかったですね。
釉薬や粘土などが置かれた作業スペース。2019年に益子へ移り、物件を探す中で紹介されてこの場所へ。
── 現在は益子とモントリオールにも拠点を持っている。向こうでは電気窯ですか?
電気窯です。モントリオールにいるときは、割と造形にフォーカスした作品を作っています。薪窯で焚くとどうしても造形を食ってくる。強い火力とか灰とか不純物の影響があるので。でもその食われる感じがすごく好きではあるんですけど、造形にフォーカスしたい場合は電気窯の方が適していると思います。
海外でも評価される薪窯で作る魅力
── ニューヨークでも個展を開催されていますが反応はどうですか?
反応はすごくいいですよ。もちろんオリエンタリズムもあると思うのですが、やはり綺麗だけど量産の作品はみなさんかなりの数を見てきているので、その中で薪窯という時代に逆行するような技術に、現代の釉薬を合わせるといったコンテキストが西洋の方は好きなんだと思います。だから灰がかかって垂れているような、日本だと少し激しすぎると思われるようなものでも評価されたりしますね。
うーたんさんの作品は、長石を中心に使用した釉薬から、縮れるようなテクスチャーが出る釉薬まで多岐にわたる。写真は海外でも人気の高い灰被の湯呑み。
── 海外に拠点を持つことで、うーたんさんの中に年々スタイルの変化はあるんですか。
海外に拠点をもつ一つの理由として、益子とは環境の違う場所が必要だと思ったんです。東京もいいですけど、海外の全然違うカルチャーとか。ものづくりに対して捉え方が違う人たちの中で作ることでインプットや刺激を受けたかったんです。最近のテーマはムチムチとしたもの。ムチムチにもいろいろな要素はありますが、造形的だけではなく、釉薬の付き方とか、全体の佇まいとか、テイストは変わってきていますね。だけど、どれも「うーたんっぽいよね」と言われるので共通点はあるんだと思います。
工房に併設した窯の付近が粘土層だったため、そこから原土を採取して使用。他の地域の粘土とブレンドさせるなど、土づくりから取り組んでいる。
── 作らなくなってきたものもありますか?
3寸、5寸、7寸のように一つの皿でいろいろなサイズを作ることはしなくなりました。民藝的な部分はもちろんあるのですが、非民藝的な部分が自分の中でグッと押してきている感じです。オブジェ的な用途を持たない作品が50%で、残りの50%でテーブルウェアであったり、酒器、茶器、花器を作っています。
東京での個展とタイトルに込めた想い
── 10/19からはIEGNIMで個展を開催していただきます。タイトルは「うーたん陶芸:おきらくやばん」。
うーたん陶芸という形で展示をさせていただいていて、今回はその9回目となります。今回の展示に向けてステートメントも書かせていただいたのですが、僕はいま不安なんですよ。社会不安もあれば、身近な不安もある。不安だとどうしようって考えてしまう方なんですけど、とりあえず焼き物を作って、しがみついている感じで、その気持ちを正直にステートメントに書いてみました。
2021年に自作で築窯した全地下式穴窯。窯の温度が位置によって変わってくるので、それに合わせて釉薬や土を変えている。均一な温度分布にならない難しさがあるが、だからこそ面白いとうーたんさん。
── その不安が、制作する上での衝動になっているのでしょうか。
モチベーションにはなっていないです。極論を言ってしまえば、焼き物なんて無くても良いと思ってしまう方なんです。消防士をやっていたし、もっと直接的に世の中や人のためになることがある中で、焼き物を作り続けることってどういうことなんだろうって自己批判もしてしまうんです。でも自分は作ることによって、社会や世界と関わることができる。ただいろいろと考えすぎてもダメなので、おきらくに。でも、ちょっと野蛮なくらいがいいのではないかと。
── 個展用に作っていただいたものは、どんなラインナップになりますか。
実際は、家庭に合うとか、なぜか使いたくなる。そういったものを用意しました。食器類が多いです。皿類、飯椀、湯呑み、酒器、徳利、花器など200点ほど持っていきます。
ガラスのアーティストとともに8年ほど一緒に取り組んでいる粘土自体を原型にしたガラス作品。今回の個展にも並ぶ予定。
個展という空間だからこその特別な時間を
── ちなみに、うーたんさんにとって個展とはどんな存在なのでしょうか。
その空間を通じて来てくれる方とコミュニケーションを取れる機会なのですごく特別に捉えています。作品にとって1番大事なことは作り手のエゴではなくて、手に取っていただいた方がどう感じるかということ。そのためにも誠実に向き合って作りましたし、みてくださる方にとって何か伝わる展示にしたいなと考えています。
── 最後に今回の個展はどんな人に来てもらいたいですか。
やっぱり僕と同じように不安な気持ちを表には出さないけれど、どこかで納得いかないとか、閉塞感があって辛いとか。頑張ろうとしているんだけど苦しんでいる。そんな人たちに来てほしいですね。あとは、僕が50%は食器を作りたいと思っているのは、やっぱり日常で使えるサイズ感のものが好きなんです。朝起きてコーヒー淹れるときに、量販店で買ったものではなく作家が作ったマグカップで飲むとなんかいいよねって。そういう体験を自分自身もしたことで焼き物が好きになったので。日常の中に僕の作ったものがポンって置いてある。そんな風にしてもらえるとうれしいですね。
東京では2年ぶりとなる個展。うーたんさん本人も10月19、20日は在廊の予定。
写真/藤井由依 取材・文/阿久澤慎吾 (Roaster)
(information)
うーたん・うしろ展
うーたん陶芸:「おきらくやばん」
期間|2024年10月19日(土)〜27日(日)
作家在廊日:10月19,20日
会場|IEGNIM
東京都渋谷区西原3-11-5 1F
時間|13:00-20:00※会期中は毎日営業