定番のもつ美しさを届けたい。「須浪亨商店」のいぐさ職人、須浪隆貴のこだわり 

定番のもつ美しさを届けたい。「須浪亨商店」のいぐさ職人、須浪隆貴のこだわり 

「IEGNIM」が贈る民藝シリーズ「ミライノミンゲイ」。シリーズ5回目の舞台は、前回に引き続き岡山県。いぐさの名産地でもある倉敷市で活動する、いぐさ職人の須浪隆貴(すなみりゅうき)さんにお話を伺いました。須浪さんといえば、いぐさを使ったかごのバッグ「いかご」。現在生産が追いつかないほど、注文が殺到している人気商品。その人気の秘密や、彼の考えるミライノミンゲイについて迫ります!

これまでの「ミライノミンゲイ」記事はこちら

 

須浪隆貴プロフィール

1993年岡山県生まれ。1886年創業で、倉敷市にてござを製造する「須浪亨(すなみとおる)商店」5代目。20歳よりいぐさを使った鍋敷き、びんかご、いかごなどを製造。岡山県民藝協会副会長。

・須浪亨商店公式サイト:http://maruhyaku-design.com/

・須浪隆貴Instagram:https://www.instagram.com/sunaaaaaaaaami/


岡山県内で複数の飲食店を経営する「キノシタショウテン」の店舗の一つで、挽きたての蕎麦粉を使ったガレットと岡山県産の小麦粉「ふくほのか」を使ったクレープを楽しめるコーヒー専門店「USSU」(Instagram:https://www.instagram.com/ussu_okayama/)に納められた、須浪さん作の縄のれん。

自分のペースで良いものを作ることが究極のブランディング

岡山市の専門学校を卒業してから、本格的にいかごを作り始めて約10年になる須浪さん。一日に作れるかごは多くても3つほどだそうで、すでに今年の出荷予定はほとんど決まっているとのこと。それもそのはず。須浪さんの客層は多岐にわたり、注文も多いのです。

「女性の30代から50代ぐらいのお客さんが特に多いですかね。男性は同年代が多いかもしれない。男性の方がちょっと若めな傾向にあるような気がします」

日本のみならず、海外のお客さんも一割から二割ほどいるそうで「アジアだと台湾、韓国。アメリカとオーストラリアでも人気みたいですね。ヨーロッパだとデンマークやフィンランドなどの北欧が多いような気がします」

世界のあちこちでも人気のある須浪さんのいぐさ製品。海外販売に向けて何か対策をしているのと思いきや、「意識してるようでしてないのが、あんまり海外に向けて売り出さないことです。フランスのお客さんが来てくれた時に、自分のペースで自分のしたいように仕事をやっている姿を見て感動してくれたんです。自分のペースを乱さずに進んでいって、今の時代だったらお店やお客さんが勝手に見つけてくれるんじゃないかっていうのに正直ちょっと頼ってます笑」

自分のペースで自分が良いと思ったものを作る。自然体で働くことが須浪さんのブランディングになっているようです。

 

おばあちゃんから受け継いだ、いかご作り

自分のペースでいかご職人として活躍する須浪さんは、代々いぐさと花ござを営む一家に生まれました。

「子供の頃に父親が亡くなって、家業としては一旦それで途絶えました。当時、僕は小学生だったので後を継ぐというのはなかったですね。母親は勤めに出るようになり、家に帰るとおばあちゃんだけがいるみたいな状態になって、自然と百姓やかごの仕事をちょっと手伝うようになりました。その作業の様子を見て育って、十代の終わりぐらいにはなんとなくかごを作れるようになった気がします」

今の仕事を始めたきっかけを尋ねると、「20歳ぐらいの時に、おばあちゃんが『仕事を辞める』って言い出して、なんか仕事しなきゃいけないし、じゃあ僕がやろうかって。かごを作るのは得意なので」


 生地を編んでいるところ。作業場には日の光があまり入らないようになっています。

 

素材の状態に合わせて作り方を変えていく

そうして始まった、いかご作り。子どもの頃からお手伝いでかごを作っていたとはいえ、いざ仕事として取り組み始めると、作り方が違うことに気づいたそうです。「子どもの頃から、一個だけを作ることはできていました。ただ製品として、同じ数を安定して量産し続けるっていうのが全然できなくて」

「素材が自然の物だから、質が良い時と悪い時とか、品種によっても作り方が違くて。縄が太い時、細い時とか、粘りがある時ない時みたいな感じで、ちょっとずつ設計図を変えながら作るのが難しかったですね。最初の頃はそれが全然できなかったです。素材が良い時は簡単に良いものが作れて、悪い時には材料が良い時ほど質の高いものは作れないんです。でもただ捨てるわけにもいかなくて、それを使ってある程度の質までもっていくのが、腕が問われるところかなという気がしています」

使う素材がいぐさのみというシンプルなものづくりだからこそ、他にもこだわりがあるそうで「材料はほとんど熊本のものを使っていて、畳には使えない短いいぐさをもらっています。いぐさを仕入れてから、光と日に当てなければ畳みたいに焼けていかないんです。いぐさが青いまま出荷して、香りがある状態で店頭に並べるっていうのを意識しているので、なるべく光と日に当てないように作業して、注文分だけを作ってすぐに出荷しています」とのこと。他の方のいぐさの手仕事に比べて、須浪さんの商品が青々として見えたのには、こんな理由があったんですね。

 

こだわりの道具はYOSHIKIモデル

素材だけでなく、使う道具にもこだわりのある須浪さん。実際に愛用している仕事道具を見せていただきました。

いぐさを編む時に使う道具。須浪さんのお手製です。握る部分には縄を巻き塗料を塗って補強しています。

「たまたま父親がドラムやってて。もらったバチを加工して使ってます。そこそこ長くて固い棒だと、ドラムのバチがちょうどいいんですよね」

なんと仕事を始めた10年ほど前から使っているそう!その間、一度も修理することは無かったとのこと。これぞまさしく相棒!現状、いかご作りは須浪さんとそのお手伝いの方しかやっていない仕事なので、道具の正式名称はなく、「棒」とお呼びしているそうです。

「作り足そうと思っていて、この前ドラムのバチを買ったんです。今度のやつは、根元に『YOSHIKIモデル』って書いてあるちょっと高いものです」

音楽はあまり聞かないけれど、YOSHIKIモデルを買ったそう。須浪さんのお茶目な一面が見えた気がしました。

「あと使うのはハサミですね。主に何でも切る時のハサミと、最後の仕上げとか細かいところに使うハサミで使い分けています」

網目からはみ出たいぐさを切る時は細いハサミを使います。

蒐集のきっかけは「かっこよさ」の秘密を知りたくて

民藝品の蒐集家でもある須浪さん。高校を卒業してから、かごの仕事を始めるまでは岡山市の専門学校で彫金を学びながら、アルバイトなどをしていたそう。その数年間の出逢いが須浪さんを民藝の世界に誘いました。

「学校行ったりバイトしたりしながら、かごの仕事をちょっと手伝うようにもなって。売り先を探す過程で、民藝界隈の方と出会いました。お話を聞くためにお家にお邪魔した時に、家のしつらえとか暮らしぶりがすごくかっこよくて。それがうちには全くないものだったので、この人たちは一体普段何を見て暮らしてるんだろうっていうことに興味を持つようになり、そこから少しずつのめり込んでいきました」と語る須浪さんの工房には、これまで集めてきた民藝品がずらり。


須浪さんのご自宅にある甕や壺たち。物によっては筆者(身長155cm)が入れそうなぐらい大きいものも…!これでもほんの一部です。

他にも民藝品を集めるのにはこんな理由が。

「僕は自分が好きだなと思ったものを並べたり、手元に置いてしばらくそばで見たりとか、そうしないと自分に入ってこないような感じがあるんです。自分がどういう物が好きかっていう言語化が、それをしないとできないタイプなので、民藝を集めています。まあ最終的には好きでやってるんですけど」

「民藝館にあるものが民藝だとして、それと多分民具って言われる物のちょうど間ぐらいの物が好きなことが多いです。民具の中でも比較的美しくて、民藝の中でも地域ごとの風土性がかなり出てる物が好きな傾向にあるので、そうなるとやっぱ籠とか甕とかになってきますね。サイズが大きいものが好きなんです」

 

いぐさの名産地で生まれ育ったからこその今の仕事 

「民藝館にあるものが民藝」と言う須浪さんに、ご自身の作品について尋ねると「自分が作ったものが民藝なのかってことは、よく考えますけど自分じゃ言えないですね」とのこと。作ったものを民藝かどうか決めるのは自分ではなく、呼びたい人はそう呼べばいいし、そうじゃないっていう人はそうじゃなくていいんじゃないかという考えだそう。そんな須浪さんがものを作るうえでのこだわりは、

「風土性とか地域性ですかね。この場所に生まれ育って、この仕事をやっているので。いぐさっていう素材が名産で、そういう背景があって出来上がったかごなので、受け継がれてきた製法とか、何代かに渡って定まってきた形をできるだけ大事にすることを心掛けています」

数を作ることで見えてくるものもある

「とりあえず数を作る人間になりたくて。だから自分では売りに出ずに、ひたすら注文もらったものを作って出荷するっていうような仕事のスタイルにしています。企画展に出展することはありますが、個展はあんまりしないですし」

個展をしない理由をお聞きすると、「もともと作家志望じゃないんですよね。あと数を作ることで見えてくるものもあるかなと。自分が好きで集めてきたものも、繰り返しの仕事のもののことが多いんですよ。大量に作られていたものとか。昔の甕だって、たくさん焼いてたくさん出荷していたもの。そういうものが好きな場合が多いので、自分もできればそうありたいっていう憧れみたいな。できれば定番をずっと作る中で、こういうのが作りたいと思ったら作る。その時に展示の機会をいただける所があったら、展示させてもらうぐらいの方がちょうどいいと思っています」

「新しいものを作るにしても、かなり制約がある仕事なんです。自分の中の決まりごとと素材の決まりごとがあって、折り合いのつく場所で形にした時に、良い物ができやすいみたいな傾向があって。ちょっと簡単に言い過ぎですけど、そういう折り合いがポンとついてるものが、民藝館にあるものに近いような気がしているので、そういうものを僕は作りたいなと思っています。この先だんだん良くなっていけばいいなと思いながら、ひたすら手を動かすことに尽力しているような感じですかね」

民藝の魅力にどっぷり浸かり、自分の好きな民藝についてとことん向き合ったからこそ辿り着いた、作り手としてのスタンス。そんな真っ直ぐな想いが込められているから、須浪さんが作るいぐさのアイテムたちは私たちを魅了するのだと感じました。

 

いぐさで出来ることはまだまだある

定番を作り続けながら、まとまった時間があれば新しく作ってみたいものもあるとのこと。「手提げにしても鍋敷きにしても作りたい形がいろいろあって。ここあたりは服でも何でもいぐさでやってた地域なんですけど、無くなってしまったいぐさの仕事ってたくさんあるので、そういうのも復活させたいですね。うちわとか。それを作る技術とかノウハウは全然残ってないんですけど、ずっといぐさ触ってると大体作り方とかはわかるので」

「普段何考えながら作ってるか?って言うと、夜は何を食べようかなとか。まあそういったことですかね」と語りながらいぐさを編む須浪さん。生活の一部にものづくりがあるのだなと感じる一コマ。

「この仕事は1人じゃできないし、手を動かさないとお金ならないので、現状あまり仕事を止められないんです。でも手伝ってくれている皆さんと相談しながら、人の手を借りてでもいいんで、作りたいものを形にしていくみたいなのがやりたいですね」

須浪さんからどんないぐさの仕事が生まれていくのか。今後の活躍も楽しみです!

 

写真・取材/大崎安芸路(Roaster) 取材・文/小野光梨(Roaster)

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