ファッション業界の会社で働きながら陶芸を始め、今年で7年目という山野邉彩美さん。そんな山野邉さんに、陶芸への想いや、器と料理の関係、これからやりたいことなどについてお聞きしました。
山野邉彩美プロフィール
大学卒業後、ファッション業界の会社へ入社。業界に身を置く傍ら、2018年に陶芸へ出会い、陶芸作家内田香織(うちだかおり)氏・陶芸作家/修復家竹村良訓(たけむらよしのり)氏に師事。ファッション業界で培われたセンスやインスピレーションをもとに作陶された、色合いの作風が特徴。2022年に東京にアトリエを構え、これまでに宮古島の’PALI GALLERY’や新宿御苑の’PARKER’などで展示を開催している。
※内田可織氏 https://www.instagram.com/uchida_kaori/
※竹村良訓氏 https://www.instagram.com/takemurayoshinori/
料理や仕事、自分の日常に近いところに陶芸もある
── 陶芸を始めたきっかけと、これまでの経緯を教えてください。
10代の頃からしていた料理と、ファッションの仕事でいろんなものに触れ合うなかで、ものづくりしたいなという気持ちが自然と芽生えていきました。
仕事柄、いろんなものを見ることも多いですし、作家さんが作った器も好きですが、出来上がったものを見るより、自分で作ることも面白いのかなと。自炊をしたり普段の生活と近いところに陶芸があるんじゃないかと思い、陶芸教室に通い始めたのがきっかけです。
代々木上原に構えている内田可織さんの陶芸教室に週1の頻度で通っていたのですが、やっていくうちに没頭していきました。楽しいし、興味もどんどん深くなっていきました。
都内にある山野邉さんのアトリエにて。
洋服のコーディネートのように、器の形を考える
内田さんはお料理も得意なとても素敵な方。私も料理をするなかで、この器はもっとリムがあったらいいなとか、深さがある方がいっぱい食べられるなとか、お洋服のコーディネートのように、器の形も考えるようになりました。
料理をするにも、器がちょっと華やかなだけで満足できるというか。昔、読んでいた本に出てきた北大路魯山人の「食器は料理のきもの」※っていう言葉がふと蘇ってきたんですよね。そういう考え方と私の日常とリンクする部分があって、どんどんはまっていきました。
※出典:『魯山人味道』中公文庫、中央公論社
「釉薬の調合レシピも自分でまとめていて、そういう記録も楽しみの一つなんです」と語る山野邉さん。アトリエには釉薬の研究の足跡がたくさん。
コロナ禍になって仕事で海外に行く頻度も減った機会に、もっと自分自身を探求したいと思うようになり、陶芸作家の竹村良訓さんを訪ねて、いろいろとお世話になりました。そこから陶芸教室に週一で通いつつ、竹村さんのところにも通うようになりました。作る過程でわからないことは先生たちに尋ねたり、昔の陶芸家や作家の本を読んで調べたり。試行錯誤しながら作っていく過程も、研究者みたいで楽しいんです。
気分に合わせて、自由に原料を選ぶ
──日常的にしていた料理やファッションのお仕事から、ものづくりに興味を持たれて陶芸を始められたのですね。土や釉薬はどんな風に選んでいますか?
私は陶器も磁器も作るのでその時に作りたいものに合わせて、岐阜県は多治見市にいらっしゃる、お世話になっている方に相談をしています。釉薬は師匠が使っていたものを参考にしたり、調合して良かったものを使い続けていますね。日常の景色とか自然から取ってきた色にちなんで、調合した釉薬に名前をつけています。
「陽光」や「紫霧」などの名前がついた、山野邉さんが調合した釉薬たち。「パステル黄ちゃん」などの、思わず顔がほころぶ可愛いらしい名前のものも。
「半磁器」という、陶土と磁器土を混ぜて焼く作り方があって、発色をきちんと出したい時は、そういう素材を使います。同じ色をかけていても、素材が違うと全然色味が違うんですよ。その時の気分で「こういう料理を盛りたいな」と思ったら別の素材にしたり、マグカップなどの、盛り付けるための器というよりは食べ物や飲み物を直接いただくためのものはカラーバリエーションを増やしたりとか、自分の中でのこだわりがありますね。
アトリエにある電気窯。マグカップなどだと50個ほど、大きいお皿だと15枚ほど入るそう。
日々の暮らしで感じた「あったらいいのに」を形に
──今の話にもありましたが、やっぱり料理からインスピレーションを受けることが多いですか?
日常のあれこれからヒントを得ていますね。お客様に「これは〇〇用の器」という風に作ったイメージをお話しいたしますが、最近は「〇〇用だからこれぐらいのサイズ」とか「深さ」とか、自分が料理している上で感じた実体験に基づいて作っていることが多いです。
これはオリーブ用の器で、奥の大きい部分に実を入れて、手前の小さい円の方には種を入れられるように作りました。実用的かつデザインも可愛く「あったらいいのに」と思うものを形にしています。使いやすさはもちろん意識していますが、見て可愛い器ってそれだけで楽しいなと。友人を家に招くことが多く、その方がご飯もより美味しくいただけるかなと思っています。
形へのこだわりは、ファッションと似ている
凛とした佇まいのゴブレットは、なんと鋳込み(いこみ・型に土を流しこむ製法)ではなく、ろくろで作られているとのこと。
(左の器は)リムの部分に丸みがあるので、「カールリム」と呼んでいます。リムを丸くすると料理を盛った時に雰囲気が柔らかくなるんです。他にも宇宙や鉱物の本を読んだら、宇宙って面白い!と思い始め、「UFOカップ」と呼んでいるものを作りました。そういうちょっとしたユニークさのあるデザインは、私がとても大事にしている部分です。
山野邉さんが手に持っているのが「UFOカップ」。一度見たら忘れられない特徴的なデザインで、二つ重ねると惑星のように見えて面白い。
作るうえで形のこだわりは、ファッションと似ていると思います。私は白シャツがすごく好きで、15枚くらい持っているんです(笑)。同じブランドだけで7枚とか。一見似たような白シャツでも、細部のちょっとしたデザインの違いが好きで。そういう偏愛みたいなところがあるかもしれません。同じような形の器でも、素材、軽さ、大きさとか、微妙な違いをひたすら研究しています。
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アトリエの壁には、製作中の器のデッサンが。
色は自然の風景から持ってくることが多いです。ファッションの仕事からのインスピレーションも多いと思いますし、あとは本。器の本以外にも、哲学書や偉人のエッセイ、建築の本などジャンルレスで読み、「こうしたい」「ああしたい」という発想や表現方法の引き出しを増やしています。
それから、作家でいうとルーシー・リーやハンス・コパーなど、色の研究や素材の探究心がある方々を参考にしています。それこそお世話になった竹村さんや内田さんも好きな作家の1人です。
今がちょうど、料理と器が楽しめるベストなバランス
──さまざまなこだわりや情熱をもって作陶されていると思いますが、お仕事や暮らしとの両立はどうされているのですか?
平日はファッションの仕事終わりにアトリエに来て作陶しています。土日も昼間はギャラリーなど気になるスポットに行ったり、アトリエに来たりしています。一人きりの空間なので、自分と向き合いながらものづくりに没頭できて、アトリエに来るとリラックスできる側面もあるんです。家で料理をしている時に、「あの器はこういう方がいいかも」って思ったら、絵に描いてアトリエに持ってきて実際に作るみたいな感じで、作陶も日常のリズムの一つ、習慣です。自分のライフステージが上がっていく中で、大切にできる部分、大切にしたい部分が変わってきて、今がちょうど料理と器が楽しめるベストなバランスな気がしています。
自分の器が、食事を大事にしたり楽しんだりするきっかけになれたら
──作った器をどんな方に手に取ってもらいたいですか?
仕事や日常生活での時間割の調整が難しいなど、つい食事がおろそかになってしまう。そういう方々の、食事を大事にしたり楽しんだりするきっかけに、私の器がなれたらいいなと思っています。やっぱり食べることって、生きることだから。例えばペットボトルからそのまま飲むよりは、カップに注いで飲むなど。陶芸を始めて「誰かの生活に溶け込める楽しさ」を感じているので、これからも日常の中でちょっと一息つくタイミングのそばにあるような器を作れたらいいなと思っています。
将来の夢は「みんなが集まれる寺子屋」を開くこと
──最後に今後つくりたい器や、やりたいことを教えてください。
自分の作品でテーブルコーディネートが完成するようなもの。あとは土鍋みたいな実用性のある器も作ってみたいと思っています。セットになっている器とか、もっとユニークなものも挑戦したいですね。言葉にするのは難しいですけど、機能性と個性の両方を大事にしたいです。
それから海外に向けてのチャレンジもしたいなと考えていたり。陶芸教室もやりたいな、と。私の将来の夢は「寺子屋」です。みんなが集まってくるような場所を作りたくて。今の30代のうちは、そういうことに向かってひたむきに頑張ります。
写真/藤井由依 取材・文/小野光梨 (Roaster)