400年以上続く高取焼の歴史を受け継ぎ、茶陶においては“職人”としての厳格な仕事を貫きながら、日用の器や新たな表現においては“作家”としての試みも続けている高取焼宗家・高取春慶さん。
職人としての芯と、作家としての柔軟さ。そのあいだを行き来しながら形づくられていく現在の制作について、お話を伺いました。
高取春慶(たかとり しゅんけい)さん プロフィール
高取焼宗家。400年以上続く高取焼の系譜を受け継ぐ。遠州七窯のひとつに数えられる高取焼の担い手として、茶陶の制作に取り組む。短大では金属工芸を学び、その後家業に入り作陶を始める。一度は茶道具制作に行き詰まり、遠州流の内弟子として約3年半、東京で修行。茶の世界を基礎から学び直す。
現在は、茶陶においては遠州流のもとで技を磨きながら、日用の器や銀彩など新たな表現にも取り組む。個展や企業・ブランドとのコラボレーションなど、活動の幅を広げている。
高取焼という名前
高取焼宗家・高取春慶さんを訪ねた。土と釉薬と時間が重なってきた、その手触りに触れてみたいと思った。
福岡・直方の山あいに窯を構える高取焼。その歴史は、秀吉の朝鮮出兵の時代にさかのぼる。黒田長政が朝鮮から陶工を連れ帰り、この地で窯を開いたことが始まりだという。
民藝の文脈で広く知られる小石原焼と同じ地域にありながら、高取焼はそれ以前から続く、茶陶の流れをくむ焼き物でもある。
「昔はやっぱり“苗字”だったんです。高取焼というのは、作風や技法の名前ではなく、高取という姓を与えられた者が作った焼き物を指していました。その意味では、楽焼と少し似ています」
いまでは「高取焼」と名乗る窯元はいくつかの流れに分かれているが、始まりは、“誰が作ったか”で呼ばれていた焼き物だった。一度は藩とともに窯を閉じながらも、その後再興され、現在まで続いている。その時間の長さは、単なる歴史という言葉では収まりきらない。

茶陶と日用
「茶陶は、流れや色合いがきちんと正面に出ていないといけない。決まりがあるので、作ればどんなものでも商品として出せるわけではないんです」
同じ土、同じ釉薬であっても、その向き合い方はまったく異なる。
「日用は、無の感じで、ひたすら作り続ける。そういう時間も大事かなって」
一見すると単純な反復のように見えるその時間は、技術を支える基礎であり、感覚を研ぎ澄ませるための時間でもある。
茶陶は、完成の基準がはっきりしている。どこに流れが出るか、どの角度で見たときにどう見えるか。少しでもずれれば、その器は成立しない。
「出したいものが出ないことも普通にあります。そういうときは、もう商品にはならないですね」
一方で、日用の器にはまた別の自由がある。数を作ること、同じ形を繰り返すこと。その中で手が覚えていくものがある。同じ“作る”という行為でありながら、その緊張の質はまったく異なる。
「その日その日に合わせて気持ちを切り替えられる。メンタル調整にもなるし、技術も上がるし、ひたすら挽く時間も大切です」
言葉にすれば簡単だが、その積み重ねの中にしか生まれないものがある。

手の感覚
使い勝手が、ようやく分かってきた。どれくらい入れば美味しく飲めるか。持ちやすさや、口当たり。そうしたことを考えながら作るのが、いまは楽しい。
もともと酒を飲む習慣があったわけではないという。作り始めてから、器としての意味を身体で理解していった。
「自分で作った器で飲むと、やっぱり違いますね」
作ることと使うことがつながるまでには時間がかかったという。
「最初は形を作ることばかり考えてましたけど、使ってみて初めて分かることが多かったですね」
器は完成した時点で終わるものではない。使われて初めて、その意味が立ち上がる。

かたちに宿るもの
そうした酒器の中には、遊び心のあるプロダクトもあった。博多コマをイメージした、スタッキングできる酒器。形は違うのに重なる。縁起物としての意味も込めたという。
ただ機能を満たすだけではなく、意味や体験を含めて設計されている。
プロダクトデザインの発想と、ろくろの手仕事。本来なら別々に語られがちな二つが、ここでは自然に重なっている。
「形が違う方が面白いし、使っていて楽しいと思うんです」

銀彩という試み
最初に目を奪われた、銀彩の酒器には、静かな圧があった。高取の釉薬を軸にしながら、別の原料を加えて生まれる“ぶくぶく”とした表情。そこに銀液を施し、焼成を重ね、最後は磨いて仕上げるそうだ。
短大では金属工芸を学び、その経験を、現在は陶芸へと少しずつ引き寄せている。
もともと高取焼にはない表現を、あえて取り入れている。
「やりすぎると、全然違うものになる。でもやらないと広がらない」
伝統の中に新しいものを入れるというよりも、境界を探りながら進んでいるような感覚に近い。

土と時間
工房では、土づくりの工程も見せてもらった。砕いた土を水にさらし、粘土質の部分だけをすくい取る。
一つひとつの工程は静かだが、その積み重ねが器の質感を決定づける。
「釉薬を重ねて、その重なったところで景色を出すんです」
焼き物は偶然の産物ではない。だが、すべてを制御できるわけでもない。そのあいだにある微妙なバランスを、手で探っていく。

続けていくということ
窯の事情もまた、制作に大きく関わる。登り窯は一度に大量に焼成するため、年に数回しか火を入れない。そのため焼き上がりのタイミングを細かく調整することが難しいという。
「年に二回しか焼けないと、完成のタイミングが読めない。別の窯だと、二ヶ月に一回くらい焼けるので、納品が見えやすい」
現在は、登り窯とは別に、より小回りの利く単窯も併用しながら制作を行っている。

芯としなやかさ
「お茶道具は職人的な部分を大事にしているので、自分の個性を出しすぎない。使う人のことを考えて、忠実に作れるようになりたい。そこが芯です」
そのうえで、作家としての自分をこう表現する。
「芯はあるんですけど、柔軟で、伸びがいい。竹みたいなイメージですね」

これから
「まずは、窯元として胸を張れる職人になりたい。そのうえで、自分の器で喜んでもらえるきっかけを増やしていきたい」
言葉は控えめだが、その目線ははっきりと前を向いている。
受け継いできたものを、そのまま守るのではなく、どうすればこれからも続いていくのか。
その問いに向き合いながら、日々の制作を重ねている。
守るために、変わり続ける。
その仕事は、静かに続いている。
