【黒羽藍染紺屋】POP UPのお知らせ(7/11〜8/2)
2026年7月11日(土)より、黒羽藍染紺屋POP UP『藍の涼品』を開催いたします。
藍には神様が宿ると言われています。
栃木県大田原市の豊かな自然のなか、220年の歴史を受け継いだ八代目の手から生まれる、深い藍色。
期間中は、メインテーブルにうちわやバッグなど、夏にぴったりの涼品が並びます。
藍染のうちわによる一扇の風を、ぜひお楽しみください。
【会期】
2026年7月11日(土)〜8月2日(日)
※金・土・日・祝日営業:最新の営業日時は、公式Instagramをご覧ください。
※作家在廊日:7月11日(土)、7月12日(日)は作家在廊予定予定
【営業時間】
12:30〜18:00
【会場】
IEGNIM
東京都渋谷区西原3-11-5 1F
(代々木上原駅北口より徒歩1分)
【作家プロフィール】
黒羽藍染紺屋
栃木県大田原市で江戸時代から続く伝統技法。松の煤(松煙:しょうえん)や大豆汁で下染めした頑丈な木綿地を使い、深く濃い藍色と優れた強度が特徴。https://www.instagram.com/kurobaneaizomekonya/
小沼雄大(おぬま ゆうた)
黒羽藍染紺屋の8代目。伝統技法を受け継ぐ一方、スニーカーや空間デザインなど新たな表現にも挑戦し、藍染の可能性を広げている。
https://www.instagram.com/aizome_konya/
※展示会開催前に混雑が予想される場合には、整理券を配布し人数を制限させていただくことがございます。
※商品のお会計はキャッシュレス決済のみとなります。 ※500円(ワンコイン)で回せるお楽しみガチャガチャ企画もご用意しております!こちらは現金(500円玉)のみとなりますので、ぜひコインをご準備の上お越しください。
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小鹿田焼(大分県)
小鹿田焼(おんたやき)とは 大分県日田市で作られている焼き物のこと。「小鹿田焼の里」と呼ばれる小さな集落で、一子相伝で300年の伝統を受け継いでいます。民藝運動の中心人物、柳宗悦(やなぎむねよし)の『日田の皿山』という紀行文で「世界一の民陶」と評されています。 江戸時代、日田の代官が、福岡県の「小石原焼(こいしわらやき)」の陶工だった柳瀬三右衛門を招いたことから、小鹿田焼は始まりました。ですので小石原焼とは兄弟窯にあたります。 その後、黒木十兵衛を筆頭に開窯に向けて動き出します。まず土地を持っていた坂本家が、柳瀬家と黒木家に土地を提供し、両家が作陶を開始しました。坂本家はそれから100年後に作陶を開始。現在ではこの3家と、黒木家の分家にあたる小袋家が作陶をしており、窯元は全部で9軒になります。 はじめは領内の日用品の需要に応えるためにつくられていましたが、民藝の提唱者である柳宗悦から「世界一の民陶」と評され、世界的に有名に。1995年に国の重要無形文化財、2008年に「小鹿田焼の里」が国の重要文化的景観に選ばれました。 小鹿田焼の里の様子。 土の採取をすることから、小鹿田の器作りは始まります。十数軒の小さな山間の集落で営む小鹿田焼は、他の地域の土は一切使わず、集落の付近で採れたものだけで作られています。 川の水で唐臼を動かし、器の原料となる土を粉砕します。杵の先端にある受け皿に一定の水が貯まると杵が下がり、水があふれると反動で杵が持ち上がります。その際に臼に入った土が粉砕される仕組みです。 手前のくぼみが臼となっています。 粉々になった土を貯蔵庫でろ過して、天日干ししたものを使います。 蹴轆轤の様子。 轆轤を蹴って回す「蹴轆轤(けりろくろ)」を使って器を成形。...
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ふもと窯(熊本県)
小代焼 ふもと窯とは熊本県の小岱山麓で約400年前から続く、九州を代表する小代焼。鉄分の多い小代粘土を使った素朴で力強い作風で知られており、現在は荒尾市・南関町を中心に11の窯元が古くからの技術・技法を継承している。2003年に国の伝統的工芸品に指定。その小代焼を代表するのがふもと窯である。初代・井上泰秋氏は現在日本民藝協会会長を務めており、2代目の尚之氏はスリップウェアの名手として名を馳せている。2024年よりふもと窯での作陶を始めた亮我氏にも注目の若手として期待が集まっている。2024年にふもと窯の海鼠釉8寸皿、海鼠釉丼、白掛汲みだし他が、日本民藝協会賞を受賞。 井上泰秋さんとは1941年生まれ。小代焼の第一人者で、1965年にふもと窯を開き、息子の尚之氏、孫の亮我氏と共に作陶を続けている。2023年より日本民藝協会の会長も務める。 井上尚之さんとは1975年生まれ。熊本デザイン専門学校を卒業後、小石原焼 太田哲三氏に師事。4年間の修行ののち、2000年よりふもと窯へ戻り、父・泰秋氏のもとで従事。以降、スリップウェアを中心に作陶を続けている。井上尚之インタビュー 井上亮我さんとは2000年生まれ。短大を卒業後、現在の民藝界を牽引する最重要人物のひとりであり絶大な人気を誇る岩井窯・山本教行氏に師事。2年半の修行ののち、2024年よりふもと窯へ戻り父・尚之氏のもとで作陶に励んでいる。 井上亮我インタビュー
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太田哲三窯(福岡県)
小石原焼とは 福岡県の現在の朝倉郡東峰村で焼かれている伝統の焼物。1682年に筑前福岡藩の三代目藩主が磁器の生産が盛んだった伊万里にならい、焼物を作り始めたのが起源。小石原の技術を持った陶工たちが山を越えて小鹿田に渡ったことから、小鹿田焼とは兄弟窯とされている。小石原焼は「飛び鉋」や「刷毛目」と呼ばれる技法を用いた、整然としながら温かみのある柄が特徴。現在も約40軒の窯元が構えている。 太田哲三さんとは1950年、太田熊雄氏の三男として生まれる。日本民芸館展、西日本陶芸展、日本民芸公募展、日本陶芸展など多数入選。2021年には「現代の名工」にも選ばれている。 太田圭さんとは1974年、哲三氏の長男として生まれる。父・哲三氏に師事し、日本民芸館展入賞、日本民芸公募展入賞、日本陶芸展入選など多数入選。 太田哲三さん・圭さんへのインタビューはこちら
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高取八仙窯(福岡県)
高取八仙窯とは 江戸時代の茶人である小堀遠州(こぼり えんしゅう)が指導したとされる7つの窯「遠州七窯」の1つ。400年以上の歴史を持つ窯元で、綺麗さびや薄づくりのが特徴。茶道具をはじめとした、現代でも使いやすい器を作り続けている。
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龍門司焼(鹿児島県)
⿓⾨司焼企業組合とは1688年の開窯以来、薩摩焼5系統の一つとして続いている窯。共同窯方式での焼物作りから、戦後に龍門司焼企業組合となり、現在は川原史郎さんと、代表理事で息子の竜平さんやご親族など数名で、地元の原料と代々受け継いできた製法で日用品を作り続けている。 川原史郎さん1949 年⽣まれ。厚⽣労働⼤⾂卓越技能賞「現代の名⼯」受賞、伝統的⼯芸品産業 振興協会「伝統⼯芸⼠」認定。瑞宝単光章受章。川原史郎さんへのインタビュー記事はこちら 川原竜平さん1977年生まれ。父である、川原史郎氏とともに薩摩焼の伝統を守り続けている。伝統工芸士、龍門司焼企業組合代表理事。
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焼き物工房 野はら屋(鹿児島県)
野はら屋とは 鹿児島県の作陶家、佐々木かおりさんが一人で営み、苗代川の黒もんをベースとし、修行時代で得た沖縄のエッセンスも交えながら作陶している。 佐々木かおりさん 1971年⽣まれ、⿅児島県出⾝。沖縄県にある北窯の⼀期⽣として10年間修⾏し、2006年に独⽴。2022年⽇本⺠藝館展ー新作⼯藝公募展ーにて「⿊釉⼊れ⼦鉢・⿊釉茶碗」で奨励賞を受賞。 佐々木かおりさんへのインタビューはこちら
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studio wani(長崎県)
studio waniとは 長崎県波佐見町で活動する「studio wani」は、綿島健一郎とミリアム夫婦による陶芸家ユニット。これからの時代の作り手として、環境に配慮しながら手作りにこだわった器を作っています。 綿島健一郎さんとは 1982年、熊本県八代市生まれ。 大学中退後、カフェやイタリアンレストランなど飲食店での仕事を経て、有田窯業大学校へ。卒業後は波佐見「光春窯」にて経験を積む。2017年に妻ミリアムさんと「studio wani」を設立。 ミリアムさんとは 1983年、ドイツ出身。学校の陶芸部に入ったことをきっかけに陶芸の道を志すようになる。ドイツの美術大学でプロダクトデザインを学んだのちに来日。波佐見「陶房 青」での修行を経て独立。「studio wani」では恐竜シリーズなどの絵付けも担当。...
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袖師窯(島根県)
袖師窯とは1877年に初代 尾野友市氏が松江市上乃木皇子坂に開窯。1893年に二代目・岩次郎氏が袖師浦に窯場を移す。三代目・敏郎氏の時代に民藝運動に参加すると、今日まで柳宗悦、河井寛次郎、バーナード・リーチの指導を受けた民藝の窯として知られる。地元の原料、技法に新しい感覚を織り交ぜながら長きにわたり日用品としての焼き物を作り続けている。 尾野友彦さん 1972年、袖師窯四代目・尾野晋也氏の次男として生まれる。1998年より袖師窯にて作陶を開始。2003年より栃木県益子にて人間国宝・島岡達三氏に師事。2013年に袖師窯五代目を継承し今日に至る。 尾野友彦さんへのインタビューはこちら
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椿窯(島根県)
椿窯とは 島根県で「半胴(はんど)」と呼ばれる水かめ作りから始まった「温泉津焼(ゆのつやき)」の窯元のひとつ、「椿窯」。 京都で作陶していた荒尾常蔵が、1969年に温泉津に移住し開かれた窯です。 現在は五代目の荒尾浩之さんが作陶しており、IEGNIMでは浩之さんが作った植木鉢を販売しています。マットな質感の黒地の植木鉢は現代のインテリアに馴染みやすく、植物の鮮やかな色彩を引き立てます。 温泉津焼とは 江戸時代宝永年間(1704年)に始まる。前述の半胴を日本各地に出荷し大いに栄えた。昭和40年代、化学製品(プラスティック)の発達により一時は衰えたが、その後、窯を再興させての製作活動が行われている。耐火性の高い石見粘土を使用し、高温(1300℃)で焼成することで硬く割れにくい点が特徴。 「温泉津やきものの里」にある登り窯。現在は市が所有している。 現在温泉津では陶芸作家・河井寛次郎の流れをくむ3軒の窯元が、日常の暮らしになじむうつわを作っています。 3軒の窯元のひとつ「椿窯」。 そのひとつ「椿窯」の荒尾浩之さん。父である荒尾浩一さんに師事したのち、現在は五代目の代表を務めています。 温泉津の象徴とも言える巨大な登り窯。現存しているのは2基で、登り窯を使うのは春と秋の年2回。湯呑みであれば1回の焼成で500個以上焼けるそうです。...
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雲善窯(島根県)
雲善窯とは 雲善窯は島根県にある、江戸時代松江藩の御用窯から始まった伝統ある窯元。「御用窯」とは、江戸時代に藩からの命を受けて陶器を生産していた窯、つまり「お殿様のための窯」のこと。江戸時代後期に松江藩を治めていた松平治郷(はるさと)、またの名を「不昧公(ふまいこう)」。藩主でありながら、江戸時代を代表する大名茶人として名高い人物で、松江に浸透する“茶の湯文化”の基礎を作った人として知られています。そんな茶人のお殿様好みの御用窯として、茶道具を作るために開かれたのが、「雲善窯」。「雲善」という名前も、不昧公が名付けたものだそう。 土屋知久さんとは 島根県・松江市生まれ。約3年前、先代の引退を機に10代目となる。現在「島根窯元 陶器振興会」の役員も務めている。 土屋知久さんへのインタビューはこちら