土が薄くなっていくときの緊張感を、指先が覚えている。静かな里山の工房に響く、ろくろの音――福岡県東峰村、小石原の皿山という自然あふれる場所に、420年の伝統を受け継ぐ高取八仙窯がある。

高取焼は、かつて筑前福岡藩の「御用窯」として、殿様や茶人・小堀遠州に愛された。その格式高い伝統を背負いながら、高取由布子さんは、現代を生きる人々の心を満たす器を追求し続けている。
その原点にある哲学から、受け継がれる「綺麗さび」の精神、自身の制作活動について、話を聞いた。
高取 由布子(たかとり ゆうこ) さん プロフィール
1989年、福岡県朝倉郡東峰村小石原皿山生まれ。東京造形大学インダストリアルデザイン専攻卒業後、東京から福岡まで自転車と輪行のみで帰郷するという1300キロの旅を経て、実家の高取八仙窯に入る。祖父である十三代高取八仙(現・宗仙)、父である十四代当主のもと、独学の系譜を受け継ぎ作陶に励む。伝統の「綺麗さび」を自らの感性で再解釈し、用の美を現代へと伝えている。
幼少期に見つめた光と影の景色
彼女の幼少期の記憶は、周囲の大人たちがろくろに向かう、工房の風景から始まる。
「おとなしい子どもだったと思います。いつもぼーっと雲の動きを眺めたり、工房の隅に置いてある、山に捨てる焼き損じた破片をじっと見ては『すごく綺麗だな』と感じ入ったりしていました」

「庭の杉の木や黄色い花を見ては『なんで私は明日起きても、あの木になれないんだろう?』『私の手が葉っぱじゃないのはなぜ?』と本気で考えて。親も、そんなことを尋ねられて困っていたんじゃないかと思います(笑)。大人になればそんなのはおかしな話だと分かりますが、本当の意味での答えは今でも分からないような気がします。そんな不思議な疑問を、ずっと心に抱え続ける子どもでした」

答えのない問いにじっと向き合う感性は、やがて芸術への興味へと繋がっていく。
「文字が読めない頃から、印象派の画集が大好きでした。ひたすら絵のページだけをペラペラとめくり続けていたのを覚えています」
植物に光が当たって影が濃くなる瞬間や、風に花が揺れ動く空間が放つ気配に、心惹かれていた。
「今振り返ると、複数の釉薬が重なり合い、深い景色を作る高取焼の世界観と、あの光と影の『ゆらぎ』が、私の中で繋がっているように思います」

自ら選んだ陶芸の道。1300キロの旅で固まった覚悟
陶芸一家に育ちながらも、最初は「家業を継ぐつもりはなかった」と彼女は振り返る。
18歳で上京し、東京造形大学でインダストリアルデザインを専攻した。ドイツ・バウハウスの理念のもと、市場や使う人のニーズを考え、工業製品をデザインする4年間は、ものづくりに対する視野を広げてくれた。しかし、就職活動の足音が近づくにつれ、胸の奥で違和感が生まれる。
「大学では市場調査やニーズに基づいた量産品のデザインを学びました。でも、一生の仕事に向き合おうとしたとき、どうしても心に残り離れないものがあったんです。それは、実家の器を友人の誕生日に送った時にとても喜んで興味を持ってくれたことや、帰省したときの祖父や父が工房で手を動かし生み出していく姿。それを客様が愛おしそうに選んでいく、あの循環を超えるときめきが他に見つかりませんでした」

整理できない想いを大学の恩師に相談した。すると恩師は「伝統にどっぷり浸かって来い」と、彼女の背中を強く押してくれた。
大学を卒業してすぐ。彼女は東京・新宿から福岡の実家まで、1300キロの道のりを自転車と鈍行だけで帰るという、破天荒な旅に出る。
「これから陶芸家として生きるなら、山にこもって作り続けることになる。その前に日本のさまざまな景色を見て、その美しさを身体に染み込ませて帰りたかったんです。14日間かけて自力で帰るという、今思えば無知だからこその勇気でした。新宿御苑を出発早々、新宿駅近くでパンクしてしまい、修理の仕方も知らなくて途方に暮れました(笑)。
でも、通りすがりの自転車屋さんが助けてくれたり、静岡では見知らぬおじさんが『こんな子がいて、まだまだ日本も捨てたもんじゃないな』とひつまぶしをご馳走してくれたり、温かい出会いもありました」
忘れられない景色があったという。
「静岡で海岸線を走っているとき、雲の切れ間から『光の梯子』のように太陽の光が降り注いで、海の一部が丸く金色に輝いていたんです。何百年も前から変わらない圧倒的な一瞬の美。そういったものを、器の景色の中に留めたい。そのために私はこれから一生、土を引くんだという覚悟が、あの旅で固まりました」
420年の「御用窯」の誇りと、小堀遠州が導いた「綺麗さび」
実家に戻り、祖父と父のもとで作陶を始めた彼女を待っていたのは、420年という圧倒的な歴史の重みであった。
高取焼のルーツは慶長年間まで遡る。福岡藩主・黒田長政が、朝鮮半島から優れた技術を持つ陶工・パルサン(和名・高取八蔵)を連れてきて窯をスタートさせた。

一般用の日用器ではなく、藩主が使う茶道具や他藩への贈答品専門の「御用窯」として栄えたため、高取焼には常に最高峰の品格と高い技術が求められた。
「最初の頃は、高取の歴史を学び、技術を身につけるだけでいっぱいいっぱいでした。父が建てた本が詰まった小屋があり、天井近くまでびっしり並んだ文献を、父はその内容をすべて頭に入れているんです。私も負けじと、トイレの壁に高取の年表を貼って暗記しました。若い女性ということでお客様から手厳しい言葉を受けることも多く、それに応えるために必死で勉強しました」

いま、彼女の大きなテーマは高取の『綺麗さび』をどう自分の言葉で解釈し、表現するか。
綺麗さびとは、江戸初期の茶人・小堀遠州が、これまでの渋く枯れたわびさびに「明るさ、優雅さ、洗練された美しさ」を加えて導き出した調和の美である。
「綺麗に整えるだけなら、今の時代は工業製品のほうが遥かに優れています。でも、私たちが手で作るものには『ゆらぎ』があります。綺麗さの中に、温かみや寂びた柔らかさをどう同居させるか。それを言葉で表現しようとすると、『豊かさと儚さのあわひ(あわい)に立つ美』なのだとしっくり来るようになりました。私が旅で見た、あの光のきらめきのような一瞬の『あわひ(あわい)』を、器の中に表現したいです」
「あわひ(あわい)」とは、何かと何かの「あいだ」や、物事が重なり合って交わる境界の空間や時間を指す言葉だ。
左回りのろくろ、極限の「薄さ」に宿る職人の魂
その美意識を支えるのは、妥協のない技術。高取八仙窯のろくろは、一般的な産地とは逆方向に回る「左回転」である。

「お茶を入れる『茶入』という、茶道の中で最も格式高い道具があるのですが、高取の茶入は、茶入の底に残る『糸切り』の跡や、羽のように軽い薄づくりの特徴があります。それは当時名品として珍重され強い憧れのあった中国の『唐物茶入』の徹底した再現を担ってきた歴史的背景が関係しています。本家の薄造りや底の糸切りの痕跡まで正確に似せる技術から『唐物写しの高取』と評価されてきました。茶入の糸底や手の痕跡を垣間見るとき、当時の陶工や茶人の技術と美意識がひしひしと伝わってきます」
八仙窯には、まず見て、そばでともに仕事をし、自分の手で繰り返しながら技と感覚を身につけていく。そんな「独学」の系譜が、何世代にもわたって受け継がれている。

「ろくろのスキルは練習を重ねれば身につきますが、目に見えない感覚的な部分を継ぐことこそが一番難しい。答えのない答えをずっと探し続けているからこそ、祖父は90歳を超えてなお『満足いくものはまだ一つもできない』と語り、常に進化を求めているのだと思います。そして私たちは、現代式の灯油窯と併用しながら、薪を燃料に焚き上げる薪窯も使っています。炎の当たり方、温度、すべては自然の力。真冬には背中からマイナスの風が吹き、正面は1200度以上の熱風という過酷な環境で、薪をくべるのをやめるのも自分たちの感覚だけが頼りです。自然をコントロールするのではなく、本当に自然の中で自分たちが『生かされている』ことを実感します」

「豊かさと儚さのあわひ」をのせて、100年先の一碗を紡ぐ

「便利なものは暮らしを便利にしますが、生活を豊かにするのは工芸品や文化だと思います。古い発掘品の陶器などを見ると、百年前、二百年前の職人さんの指先を感じて、すごく感動する瞬間がある。私のモチベーションは、自分が今作った器の中で、どれか一つでも『百年先に残る茶碗』を生み出すことです。それが未来の誰かの心を豊かにしたり、インスピレーションを届けるものになってくれたなら、これほど幸せなことはありません」

現在、高取八仙窯の製作者は、13代・八仙(現・宗仙)さん、14代・忍さん、15代・周一郎さん、15代の奥様、そして15代の妹の由布子さん、長女のお姉様。ろくろ師として活動するのは、13代・八仙(現・宗仙)さん、14代・忍さん、15代の周一郎さんと由布子さん。まさに、陶芸一家として八仙窯を切り盛りしている。

最後に、大切にしている言葉を聞いた。
「器は人の空腹を満たすことはできない。けれど、心を満たすことはできる」
そう語る彼女が生み出す綺麗さびの余韻は、今を生きる私たちの暮らしに、そっと美しい安らぎを届けてくれるだろう。


写真・中村 健太 文・藤田華子
【高取由布子さん 個展開催のお知らせ】
2026年9月12日(土)より、福岡 高取焼 高取八仙窯 高取由布子さんの個展を開催いたします。
福岡藩主・黒田長政のもと、16世紀末に始まった「高取焼」。茶の湯の文化と深く結びつき、茶人・小堀遠州の「綺麗さび」の美意識を現代に受け継いでいます。
凛とした佇まいの奥にひそむのは、消えゆくものの儚さと、巡る季節の気配。いまの私たちの日常にふっと静かな余白を差し込んでくれる、愛おしく澄んだ一器です。
高取由布子よりーー
私は、約四百二十年続く高取焼の窯元に生まれ育ちました。
高取焼の美しさは、凛とした薄造りの佇まいと、炎の中で生まれる釉薬の景色。
そこには、目に見えない時の流れが留まっているように感じます。
私が惹かれるのは、満ち足りた豊かさと、いつか失われる儚さ。
その「あわひ(あわい)」に宿る美です。
季節は巡り、景色は移ろう。
限りある時の中にふと現れる静かな輝きを、形にしたいと願っています。
「東京残香」
童謡「春の小川」のモデル、河骨川に思いを馳せました。
かつて東京・渋谷区を流れ、都市の発展とともに姿を消した清流。
その水の面影は、地名や道の起伏、かつての川筋が形成した道の中に残されています。
もう見えなくなったもの。 かつてのせせらぎ。 その気配を高取焼に重ねました。
東京に積み重ねられた時と記憶の余韻。
日常のふとした名もないひと時の美しさを感じていただく小さなきっかけとなれましたら幸いです。
【会期】
2026年9月12日(土)〜9月23日(水)
※金・土・日・祝日 12:30〜18:00営業
最新の営業日時は、公式Instagramをご覧ください。 @iegnim_
※作家在廊日:9月12日(土)、13日(日)、22日(火・祝)、23日(水・祝)
【会場】
IEGNIM
東京都渋谷区西原3-11-5 1F
(代々木上原駅北口1より徒歩1分)
https://share.google/qaD0s0N15ZGn3YBcL
【作家プロフィール】
高取由布子
1989年、福岡県生まれ。大学でインダストリアルデザインを専攻後、自転車で九州へ帰郷。祖父である十三代高取八仙(現・宗仙)および父・十四代当主のもとで茶陶を学ぶ。高取焼の伝統と美意識を基盤に、自身の陶表現を探求。
https://www.instagram.com/yuko_takatori/
https://www.instagram.com/takatori_hassengama/


※展示会開催前に混雑が予想される場合には、整理券を配布し人数を制限させていただくことがございます。
※商品のお会計はキャッシュレス決済のみとなります。